僕らのチェリー


「なにかあったのか?」


澪は顔を背けて素っ気なく答えた。


「さっき奈美があの男のところに行った」

「あの男って」

「あんたがペコペコ頭下げて、ふんぞり返ってるあの男よ」


澪が嫌みったらしく言うと、恭介は罰が悪そうに眉を寄せた。


「秋谷も懲りないな。もうほっとけよ」


まるで自分には関係ないと言うように、それは他人事に聞こえた。

静かな空間に雨音がいつまでも止まない。雨の降る音は好きなはずのにこの時はやけにうるさかった。


「そんなことより澪が気にしなきゃいけないのは秋谷じゃなくてヨネじゃないのか」


澪は伏せていた顔を上げた。

恭介は知らないことは何もないというふうに憎たらしい笑みを浮かべていた。


「ヨネに聞いた。やっとおまえの気持ち伝えたんだってな」


と澪の頭を優しく叩くその手は無神経の何でもない。

忘れたかったことなのにまた思い出してしまった。


「もしあたしの好きな人がヨネだったらどうする?」


ヨネの驚いた表情がいつまでも脳裏に焼き付いて離れないでいた。
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