僕らのチェリー
「まだ帰らないの?」
夕日が差し込む放課後の教室で恭介は一人席に座っていた。彼の手元が夕日に反射して橙色に光っている。
腕時計をポケットの中に戻すと恭介は外を眺めた。
「どうしてその腕時計つけないの?」
「壊れてるんだよ」
「ふうん。壊れてるのにわざわざ持ってくるんだ。変なの」
澪はチョークを手にとって、黒板に落書きをし始める。
白い粉が宙に舞った。
「それより帰ったんじゃなかったのか」
「さぼり魔の恭介には縁のない話だろうけど、さっき緑化委員会が終わったとこ。
来週末に校内一斉掃除するんだって。
きょうはその打ち合わせ」
決して上手ではないほうきの絵を描いてみせると、恭介は露骨に嫌そうな顔をした。
外で部活のかけ声が聞こえる。
恭介は窓に目を向けたまま訊いた。
「今、ヨネとどうなってんの」
澪はどうもしない、と答えた。
「振られたか、それとも付き合ってんのか」
「うるさいなあ、相変わらず恭介は無神経だね。ちゃんとした答えは受けてないよ。
でも今はそれでいいの。
お願いだからあたしのことはそっとしておいて」
澪が強く言うと、恭介は珍しくそれ以上訊いてくることはなかった。
夕日に照らされているせいだろうか。
黙って外を見つめる恭介はいつもより違って見えた。