僕らのチェリー
薄暗い廊下に出ると、そこにあった長椅子に腰掛けると同時に通話が繋がった。
「もしもし恭介。今どこにいるの?」
応答がないことに首を傾げて画面を確認するが、しっかりと通話中と表示されていた。
「恭介聞いてるの。黙ってないで答えなよ」
やっと彼の声が聞こえたのはそれから少しした後だ。
「秋谷は無事だったか」
「ああうん、元気にしてる。
今奈美が入院してる病院にヨネと一緒にいるよ。
恭介もおいでよ」
「いや、おれはいい」
恭介の声に元気がないように感じるのは単なる気のせいだろうか。
声がどこか沈んでいた。
「奈美に気遣ってるんだったら気にしなくてもいいからね。
奈美はあんたのおかげで助かったってそう話してるよ」
「…」
「もしもし恭介」
「ああ、聞いてるよ」
やっぱりいつもと様子が違っている。
澪はずっと肌身離さず持っていた腕時計を取り出した。
「今から会える?預ってたあんたの腕時計返したいから」
また沈黙が流れた。やがて恭介は静かに口を開いた。
「その腕時計はおれのじゃなくてヨネのだから。だからヨネに返しておいて」
えっと思った時には一方的に通話は切られていた。
ツーツーと冷たい機械の音だけがいつまでも耳に残った。