僕らのチェリー
暖かい風が優しく吹いた。
地面上で散った桜の花びらが舞っている。
「ねえ、ヨネ」
緩くパーマのかかったヨネの黒髪が揺れる。
「なに?」
澪は校門のそばに咲いている大きな桜の木を指差した。
「桜がきれいだね」
ほんの一瞬、間が空いた。
何か変なことでも言ってしまったのかと澪はヨネの顔色を伺ったが、彼は微笑んで頷いた。
「笠原さあ、知ってる?」
「なにを?」
「桜の花は薔薇と同じ仲間なんだって」
「…聞いたことある」
「おれもアンナ先生に教えてもらって知った」
ふいに彼の口から出た杏奈先生の名前に、鼓動は高鳴った。
「そう。あたしも」
「本当きれいだよな、桜って」
「うん」
「見ていると幸せな気持ちになれる」
「うん、あたしも」
「でもさ」
「うん」
「正直、早く桜が散ってくれたらいいのにって思う」
突然低くなった彼の口調に、驚いた澪は顔を上げた。
ヨネは苦笑いを見せて、遠くにある桜を眺めていた。
「あんなに好きだった桜なのにおれ、もう二度と見たくないよ…」