僕らのチェリー


「アンナ先生の事故も原付バイクの信号無視でひき逃げだったよね。
嫌なこと思い出しちゃった」


何気なく呟いた奈美の一言で、あの真っ赤な色の箱がぱっと思い浮かんだ。

あれは確か杏奈先生がヨネにあげるつもりだったプレゼントだったが、中身はどこかに消えてしまったとヨネがいつだか話していた。


「あの事故の時、ぶつかった拍子に落としたのか中身は何も入ってなかったんだ。ここに来て探してみたけど、やっぱり何もなかった。
運が悪いよな。そういうものが手元にあれば、少しでも救われる気がするのに、結局残ったものはなに一つないんだ」


あの現場に事件の証拠はなに一つ残されていなかった。空になった赤い箱が横たわっていただけだった。

ヨネは何を思って、腕時計を見つめていたんだろうか。

高校生には少し不似合いなその腕時計は一体だれのものだろうか。

あの腕時計を彼の物だというなら、どうして恭介が持っていたのだろうか。

まさかと思う。

まさか。



「冗談だよな」


とヨネがぽつりと呟いた。

力なく笑うが、その丸っこい目は赤く滲み出ていた。


「キョウはそんなことしないよ。
なにかの間違いだよ」


澪も彼に同感だった。

しかし一度芽生えた疑惑はなかなか消えることなく、わだかまりだけが心の中をかき回していた。

腕時計の文字盤に真実が隠されている気がしてないのだ。

澪は恐る恐る訊いた。


「あの日アンナ先生と待ち合わせた時間は何時だったの?」


ヨネの背中が小さく揺れた。

やっと聞こえたその声は今にも消え入りそうだった。


「11時…」
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