僕らのチェリー
気が付いたらあたしはどこかに向かって走り出していた。
何度も電話をかけながら澪は必死に自転車を漕いだ。
コールの音が鳴るばかりでなかなか繋がらない通話に苛立ちが募る。
そして目の前の信号が赤に変わろうとしていた時だった。
やっと繋がったものの、恭介は無言だった。
やがて緩やかな坂を下ったところにある横断歩道に後ろ姿を見つける。
彼はグレーのフードを深く被ってじっと地面を眺めていた。
「人ってあっけなく消えてしまうものなんだな」
電話越しに、恭介は小さく呟いた。
「だからこそみんな命を大事にするんだよ」
自転車を降りて澪が答えると、恭介はくっくっくっと肩を揺らして笑った。
「先生みたいなこと言ってんなよ」
彼の隣に並んで点滅している信号を見上げた。
やがて青い色は赤い色に変わり妖しく光っていた。
「どうして信号無視したりしたの」
それまで笑みを浮かべていた恭介の表情が曇った。一瞬だけ目が泳いだのを澪は見逃さなかった。