僕らのチェリー
「どうしてあんたがあの腕時計を持ってるのかちゃんと答えてよ」
「なんのことだか」
「今更しらばっくれても無駄だよ。
警察が恭介のことを捜してる。もう逃げられないんだよ。
お願いだから本当のこといってよ」
警察と聞いて恭介は観念したように小さく笑みをこぼした。
澪は今でも信じられなかった。
信じたくなかった。
目の前にいる彼が遠い存在に思えて気が変になりそうだ。
恭介は煙草に火を灯すと、穏やかな口調で杏奈先生のことを話し始めた。
「昔大嫌いだった女がいた。
いつもいつも家にやってきて口を開けば学校に来いって正直うざかった。
こっちの事情も知らないでなにへらへら笑ってんだよってずっと思ってた。
何の苦労もしないで不自由なく生きてきたその女に、おれの気持ちなんか分かるはずがないんだ。
ほんのいたずら心だった。
健二先輩がバイクの免許持ってたから後ろに乗っけてもらって。最初は本当にほんのいたずら心だったんだ。
その女の鞄盗んでそのまま通り過ぎるつもりだった。
それなのに…。
いきなりその女が止まって、そしたら」
恭介の肩が微かに震えている。
グレーのフードを取ったその横顔に、悲しみの色が浮かんでいた。
「あの腕時計はアンナ先生からヨネへのプレゼントなんだね」
小さく頷いて彼はうなだれた。
「先生、嬉しそうに赤い箱を持っていた」
なんで、どうして。
その問いかけが喉まで出ている。でも今更問いつめても時間はもう戻らない。
澪は言葉を飲んで、どうしようもなく恭介の腕を揺さぶった。
溢れる想いが止まらなかった。