僕らのチェリー
4.運命の日 AM10:57
しなやかに伸びた白く細いその手をおれは何度も握りしめたいと思っていた。
初めて彼女と会話を交わしたのはインターフォン越しだった。
最初に副担任の教師だといって学校のことを話す彼女の声は、今のおれにとってただの苦痛でしかなかった。
おれは一方的にインターフォンを切った後、ヘッドフォンを耳に当てて布団を被った。
これでやっと眠れる。
たったひとりの肉親の母は早朝からパートに出かけていない。どんなに慌ただしい朝でも食卓にはきちんと朝食の目玉焼きが用意されていた。
朝まで働き詰めのおれを心配してだろうか。
無理しないでたまには体を休めなさいとおれを気遣うメモがそばに置かれていた。
その言葉そのままそっくり母に返したい。
この前母をおんぶしてみたらあまりの軽さに驚いた。ろくに食事も取らず毎日働いてどんどん痩せていく母の姿はいつ倒れてもおかしくない状況だった。
よくあんな体で働きに出れるなと思う。
でも母はおれの前では弱音の一言も吐かず笑顔を絶やさなかった。息子に心配かけまいと必死なのだろう。
だからおれもあえて何も言わず母を影から見守るだけにした。