僕らのチェリー
「ごめんね。なかなか渡せなかった」
一年に渡ってやっと携帯電話が彼の手元に渡った。ひびの入った黒い画面は彼の懐かしそうにしている顔を映した。
ざあ、と風が優しく吹いた。
「あたしヨネのことが好き」
澪のあまりに突然の告白に彼は固まっていた。
間が空いて、彼は目を伏せながら小さく答えた。
「ごめん。笠原のことは友達としてしか見れない」
答えは分かっていた。
でも気持ちを伝えることができて今のあたしは清々しい気分だった。
言えてよかった。
言わなければあたしはずっと臆病者だった。ずっと後悔していた。
澪は立ち上がって、彼を見上げた。
「あたしはきっとアンナ先生と過ごす日々に意味はあったんだと思う。
じゃなきゃこんな気持ちに出会うことはなかった。
ヨネもそうだよ。
アンナ先生がいたから人を好きになる気持ちを知ることができたんだよ。
だからアンナ先生との思い出は絶対に無駄にしないで。
ずっと大事にして。
それがきっとアンナ先生の喜ぶことだから」
彼はじっと携帯電話を見つめていた。
やがて一枚の花びらが画面に落ちてそれは彼に笑顔を与えた。
「ありがとう、笠原」
これで前に進めるといった彼の手元には、腕時計がゆっくりと時間を刻んでいた。