僕らのチェリー
いつもなら騒がしいはずの始業式も、きょうは違った。
「不運なことに、相手による信号無視の交通事故だそうです。
未だひき逃げした犯人は見つかっておりません。
本当に私も残念ですが、今は犯人が見つかることをただ願って止まないです」
体育館の中は静かで、マイクを通して淡々と話す校長先生の声がやけに響く。
全校生徒の前では、それぞれの先生が横一列に並んでいた。杏奈先生が担任になるはずだった澪のクラス、2年3組の先頭には伯方先生が立っていた。
周りを見渡すと、涙を流している人をちらほら見かけた。
奈美もその中の一人で、いかに杏奈先生が生徒にどれほど好かれていたかを改めて思い知らされたような気がした。
そしてふいに、澪の目にとどまったあの広い背中。
彼が着る制服はどうしてこんなにも目につくのだろう。わずかにパーマのかかった黒髪は窓から差し込む光で栗色に見える。
くっきりとした二重の大きな目が特徴的な彼の名前は米原大志といった。
周りからは「ヨネ」と呼ばれている。
何の因果か、今年は彼とも同じクラスになってしまった。
彼の背中はずっと前を向いていて、ぴくりとも動かない。
時々見えた彼の横顔は涙こそ流してはいなかったが、どこか寂しそうにも見える。
今、彼はどんな気持ちなのだろう。
杏奈先生が立つはずだったあの舞台を、彼はどんな気持ちで見ているのだろうか。
どんな気持ちで、彼は先生を想っているのだろう。
その見慣れた広い背中を澪はただただ見つめていた。