僕らのチェリー

辺りは静かで、蝉だけが鳴き続けている。


「あの日、おれは先生をここで待ってたんだ。
そしたら向こうから先生が走ってくるのが見えて」


ヨネは遠くにある交差点をじっと見つめた。


「赤い箱を持ってた」


病院で彼が持っていた赤い箱が、ぱっと澪の頭に浮かんだ。

そういえば、中身は何だったんだろう。

あの時は聞けないでいたけれど今なら。前を真っ直ぐに見つめている今のヨネになら聞けると思った。


「プレゼントの中身は何だったの?」


目が覚めるような、真っ赤な色。

杏奈先生がまるで子どものように、嬉しそうに持っていた彼へのプレゼント。

ヨネは困ったような、悲しそうな、そんな複雑な表情で答えた。


「────かった」


「えっ」と澪は耳を近づける。


蝉の声がうるさくて、彼の言葉がなかなか聞き取れない。

もう一度言って、というと


「なかったんだ」


と今度ははっきりとヨネの声が聞こえた。
< 70 / 173 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop