僕らのチェリー
辺りは静かで、蝉だけが鳴き続けている。
「あの日、おれは先生をここで待ってたんだ。
そしたら向こうから先生が走ってくるのが見えて」
ヨネは遠くにある交差点をじっと見つめた。
「赤い箱を持ってた」
病院で彼が持っていた赤い箱が、ぱっと澪の頭に浮かんだ。
そういえば、中身は何だったんだろう。
あの時は聞けないでいたけれど今なら。前を真っ直ぐに見つめている今のヨネになら聞けると思った。
「プレゼントの中身は何だったの?」
目が覚めるような、真っ赤な色。
杏奈先生がまるで子どものように、嬉しそうに持っていた彼へのプレゼント。
ヨネは困ったような、悲しそうな、そんな複雑な表情で答えた。
「────かった」
「えっ」と澪は耳を近づける。
蝉の声がうるさくて、彼の言葉がなかなか聞き取れない。
もう一度言って、というと
「なかったんだ」
と今度ははっきりとヨネの声が聞こえた。