僕らのチェリー
3.二人のキス
夜で良かったと本当に思う。
暗闇で涙の跡を見られなくてすんだから。
恭介は黙って、夜空を一心に見つめたまま動かない。
澪はその間、恭介が水道水で濡らしてくれたハンカチで瞼を冷やした。
水滴がしたたり落ちる。
「あたしもバイトしようかな」
ハンカチを瞼に当てたまま、澪は呟いた。
「なんで」と恭介。
「ヨネが言ってた。
何かしてないと落ち着かないって。
家にいても考え事しちゃうからって。だからバイト増やしたんだって。
だから、あたしも何かすれば嫌なこと考えなくてすむんじゃないかって」
一間を置いて、恭介は冷たく言い放った。
「でも所詮それはその場しのぎにしか過ぎねえよ」
その冷たい声は相変わらず妥協を知らない。
濡れたハンカチが少しずつ温かくなっていく。
横で恭介の動く気配がして、見ると仰向けになって寝転んでいた。夜空を真っ直ぐに見つめる恭介の瞳はどこか柔らかく感じた。
「恭介もヨネと同じじゃないの?
学校を休んでまでがむしゃらに働く理由。
もちろん生活の為が第一なんだろうけど、本当は嫌なことを忘れたいからじゃないの?」
返事はなかった。
その代わりに、ため息が聞こえた。
恭介は知っていた。
澪がこんな事を話すためだけに恭介を呼び出したわけじゃないことを彼は知っていた。