僕らのチェリー


「アンナ先生が好きです」


あの日は雪が降って、その年最高の寒い日だったのを覚えている。

忘れ物をした澪は奈美に先に帰ってもらうように伝え、雪が積もる中学校へと戻った。


「アンナ先生」


どきり、とした。

誰もいないはずの教室から声が聞こえて、澪は恐る恐る中を覗き込むとそこに二人の姿があった。


「どうしたの、ヨネ君。気分でも悪い?」


白いスーツに長いストレートの栗髪。そして透き通ったそのきれいな声は女子なら誰もが羨んでいた。

杏奈先生は心配そうに彼に近寄った。


「いやそうじゃないけど…」


と彼は慌てて杏奈先生から一歩退いた。その顔はほんのりと赤くなっていた。


「先生にちょっと大事な話があって」

「どんな話?」

「あの、その…」

「なあに?」


彼は緊張した様子でなかなか口を開こうとしなかった。

地に根が張りついたように足が動かない。澪は今から起ころうとしていることを大体予測していた。

聞きたくない。

聞きたくないのに、足が動かない。

早く離れたい。

早くここから離れたい。

なのに。





───ガタン。小さな物音がした。

澪は見てしまった。

扉の隙間から見えるその向こうで二人は重なり合っていた。

ほんの一瞬のキス。




「おれは、アンナ先生が好きです。すごく大好きです」




今でも

鮮明に覚えている。


今でも

焼きついてるあの光景。


忘れられない

あの雪の日。




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