僕らのチェリー
振り向く隙もなく、澪と奈美の間をまるで猫のように通り抜けた男は彼の隣に並んだ。
見覚えのある、グレイのフード姿。
「なんだよ、キョウ」
男は同じクラスの橘恭介だった。
校則違反の栗色が目立つ猫っ毛。
手に鞄があることから今学校に来たばかりなのだろう。恭介は学年でも有名な遅刻常習犯で、先生の間では2年の問題児とレッテルを貼られていた。
「線香はあげないは、涙の一つも流さないは薄情な奴だよおまえは。そんな生徒をもって、あの世でアンナ先生は泣いてるぜ」
と恭介はわざとらしく泣き真似を見せた。
恭介はヨネの昔ながらの幼なじみだ。
彼の悪ふさげに慣れていたヨネの背中からはははっ、と乾いた笑い声が聞こえた。
「そうかもな。キョウの言うとおり、おれは冷たいやつだよ」
そういって、また小さく笑った。
その笑顔が今にも泣き出しそうで、澪は胸が締めつけられる思いだった。
涙を流すことだけしか悲しみを表現できないのなら、ヨネはいつだって泣いている。
それは笑っている今も。
そして、この先もずっと。
ずっと。
ずっと。