【番外編追加中】紳士な副社長は意地悪でキス魔
§冷徹な笑み

私の部屋に置きっぱなしの荷物を取りに行くという連絡だった。何か大切なものが混じっていたのか、急ぐというのでこれから会うことになった。マンションのエントランスで待ち合わせにした。

橘さんと会える。でも荷物を渡してしまったら最後だ。

なにか違うことを考えなくちゃ。頭の中で仕事の予定を立てる。商業施設誘致がなくなったとして、ホテルの誘致は変更ナシなんだろうか。白紙撤回の理由が知らされてないだけに、こっちも流動的になる可能性もある。

トレンチコートを羽織ってエントランスに出ると、今日も玄関前のロータリーに濃紺のセダンが停まっていた。雅さんは運転席から身を乗り出して助手席のドアを開けた。

当然ながらロータリー付近には定時で上がった社員たちがたくさんいた。今日も注目の的だ。この人は本当に他人の目を引くひとだ。


「ハニー、送るよ」
「今日は結構です」
「じゃあキミの素敵な画像を一斉配信で」
「乗ります!」


仕方なく、助手席に乗り込んだ。なんて性格の悪い。

今日も一番星が正面に輝いている。食事でも、と誘われたけど、用事があるとお断りした。雅さんは残念そうにため息をついた。

マンションまではしばらく時間がある。ちょうどいい。私は役員会で何があったのかを聞くことにした。


「白紙撤回って聞きましたけど」
「定時で上がれてラッキーだった?」
「いえ。これまでやってきたことが水の泡になったので」
「それは仕方ないだろう。仕事なんだから」
「そうですけど」


申し訳ないと思ってる様子はみじんも感じられなかった。今後、後始末という名の調整をさせられる私たちのことはどうでもいいみたいに。おわびに行くにしてもその対価として給料は支払われる、そう言われたみたいに。

上層部って、こんなものなのかな。
少し、溝を感じた。

今まで溝を感じなかった私がおかしかったのかもしれない。雅さんはフレンドリーで壁を感じさせないオーラはある。


「ただ、どうして白紙撤回になったのか、経緯が知りたくて」
「そうだね。社の利益、とだけ言っておこうか」
「これまでの努力を流しても、ですか?」
「ああ」
「これからの調整を鑑みても、ですか?」
「そうだね。キミはどうしたかった?」
「前回再開発でお世話になった企業と前回同様に仕事を進められるのはメリットだと思うんです。今回のプロジェクトは大掛かりなものですし、新しい企業とイチから始めるよりはスムーズに進むから」
「つまりは楽をしたいってこと?」
「そういうわけではないですけど」
「楽したいというふうにしか聞こえないな」


助手席から雅さんを見つめる。横顔の彼はまっすぐ前を向いてハンドルを握っている。運転をしているからか、どこか彼の瞳は冷たい。運転に注力しているからだと思いたかった。
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