【番外編追加中】紳士な副社長は意地悪でキス魔
揺れた髪先からぽたりと雫が落ちた。頬がひやりとして肩をすくめる。もうひとしずく、彼の前髪の先から落ちそうな水滴は、膨らみながら窓からの朝の光を受け、プリズムのように虹色に輝いた。

ぽたり。

顎の先に落ちたしずくはゆっくりと私の首筋へ流れる。それを男は艶のある瞳で追いかけている。伏し目がちの顔はどこか憂いがあって。

男はおもむろに姿勢を低くすると、そのしずくを目掛けてすぼめた唇を近づけ、ちゅ、と音を立てて吸い取った。濡れた髪が私の顎や首に触れる。シャンプーの匂いが鼻をくすぐった。

み、見とれてる場合じゃない!


「あの」
「じゃあ自己紹介から始めないといけないね」
「まず名前を教えてください」
「俺は……まあ、そのうちに分かるから」
「それじゃ自己紹介にはなってないじゃない」
「じゃあ雅(みやび)、下の名はね」
「苗字は?」


男はしゃべりながらも首筋へのキスを続ける。名前を明かすことをためらうように。一夜のお遊びなら、このまま別れたほうが面倒がないと考えているのか。でもそれでは私が困る。万一のことがあるかもしれない、もし妊娠していたら。電話やメールの最低限の連絡先は押さえておきたい。

まるでこれから行為をするように唇をあてる場所を移動させていく。やめさせたくて私は彼の肩を強く押した。

でも男の力に敵うはずもなく、彼は平然とキスを肌に落としていく。


「ねえ、ホントに教えて」


熱を帯びた唇は私の肌からほんの少し浮かせて動いた。左右の耳の裏へ、喉へ、鎖骨へ。甘い刺激に首をすくめた。


「そしてキミは三國不動産ホールディングス土地開発部新規開発事業局、第2地方開発課課長補佐、藍本紬さん」

「私の名前じゃなくて……」

「そして俺の婚約者だ」
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