ブラックコーヒーが飲めるまで、待って。
「大袈裟だよ。教師の異動なんてよくある話だ」
先生はまた私の気持ちを無視して、軽く言う。
「……なんでN市なんですか?」
せめて隣町とか、電車で数十分とかそんな場所なら良かったのに、先生が行ってしまう場所は簡単に行けないほど遠い。
「俺の地元だし、元々勤務地もその辺の希望を出してたんだけど結果はこの高校に配属されて。まあ、縁もゆかりもない場所に飛ばされるのも教師ではよくある話だよ」
先生はそう言いながら立ち上がって、腕時計の針を確認した。
次の授業がはじまるまで、あとわずか。
先生は時間を気にする余裕があって、その顔はちっとも寂しそうじゃなかった。
希望場所じゃなかったこの高校に思い入れなんてなかったのかもしれないけど、私のこの寂しさはどうしたらいいの?
「まあ、この学校も嫌いじゃねーし、町の住み心地も悪くなかったから少し名残惜しい気持ちもある……」
「行かないでください」
私は先生の言葉を遮るように言った。
ポーカーフェイスの先生と違って、私の表情は余裕がない。先生に詰め寄るように私は前に進んで、弱々しくその手を掴む。
はじめて触れた先生の手はとても大きくて、人差し指だけをぎゅっと握るだけで精いっぱいの私はなんて幼いのだろうか。
先生の右手に持たれた煙草の灰が下へと落ちていく。先生はそのまま煙草をコンクリートの壁に押しつけて火を消した。