ブラックコーヒーが飲めるまで、待って。
「やだあ。先生がいなくなるとかマジでムリ」
「N市って、超遠くない?」
女子たちの落ち込んだ声を聞きながら、私は廊下を早歩きで歩いていた。
焦りと不安が、入り交じったような気持ち悪い感覚。
――和泉先生が、来年から別の学校にいく。
単なる噂話なら良かったのに、担任に確かめたら事実だと言われて、膝から崩れ落ちそうになった。
バンッ!と勢いよく開けたのは非常口のドア。
女子たちが先生を探しに校内を走り回ったけど、どこにもいないと嘆(なげ)いていたから、騒ぎから逃れられる場所はここしかないと思った。
先生は、やっぱりここにいた。
いつもの階段に座り、横にはブラックコーヒーの缶。そして右手には火のついた煙草。
「学校辞めるって、本当ですか?」
たぶん、私は今ものすごく険しい顔をしてると思う。
先生の煙草の香りはとても甘ったるくて、制服についた匂いはなかなか取れない。
だから、家にいても先生が傍にいるような気がして、胸がぎゅっとなっていた。
そういう気持ちをなにひとつ消化できないまま、先生が私の前からいなくなってしまうなんて、耐えられない。