××夫婦、溺愛のなれそめ
静かになった私に、彼はハッキリと言った。
「莉子は、俺を自分のアイテムのひとつとして見ているだろう?」
アイテム? 意味がわからなくて、黙ったままでいるしかない。心臓だけが、頼りないリズムを刻む。
「お互い、本当に愛せる人を探そう。じゃあ、これきりだ。さようなら」
「なっ……ちょっと待ってよ。嘘でしょ? 私たち、婚約までしたのよ?」
左手の薬指についている、彼からもらったダイヤの指輪はおよそ百二十万。それを突き出すと、彼は顔を背けたまま言った。
「それは慰謝料代わりに差し上げるよ。売るなり質に入れるなり、好きにしてくれ。それじゃ」
とうとう、手入れの行き届いた革靴で搭乗口へと向かって歩き出す彼。その時初めて、本当に私は捨てられるのだと悟る。
呆然とする私を置き去りに、彼は振り返らずに遠ざかっていく。
「待って……」
掠れた声は、雑踏に飲まれて消えていく。
どうしてよ。誰もが羨む幸せを手にするはずだった私が、男にすがる惨めな女にならなきゃいけないなんて。
声が出なくて、遠ざかっていく彼の背中を見送るしかできない私。近くに座っているカップルらしき男女が、こちらを見てにやにやしている。
人の修羅場がそんなに楽しいか! きっとにらむと、彼らはすっと持っていた携帯に視線を落とした。