××夫婦、溺愛のなれそめ
ああ……最悪。どうしてわざわざ自分の悪口をこんな近くで聞かなきゃいけないの。
「で、どう思う? 別の結婚相手がいるって件」
少しだけ声が抑えられた。けれど、その効果は一瞬しかなかった。
「ウソに決まってんじゃん! ほんと、やめて。お腹がよじれる」
一際大きな笑い声。そこへ、新しい足音が入ってきた。当然、トイレ内は静まり返る。
「……あんたたちね、そういう話は会社終わってからにしなさい」
由香の声だ。頭の中に、雲の上から降臨したお釈迦さま……ではなく、由香の姿が浮かぶ。けれどそれも、一瞬でかき消された。
「あの子が目障りなのはわかるけど、もういいじゃない。いなくなる人間なんだから。あの子の性格じゃ、このまま会社に居残るなんてできないだろうし。プライドだけは高いからね」
……え。ゆ、由香?
「ま、人の悪口も、幸せ自慢もほどほどにね。って、私もか」
冷たい声に応えず、最初の声の主たちは足早に個室を出ていったようだ。慌てたヒールの足音の後に、静けさだけが残った。
幸せ自慢……。
由香も、そう思ってたんだ。出世が約束された彼氏と結婚して、専業主婦になる。そんな自慢ばっかりしていた私を、目障りだと思ってたんだ。