××夫婦、溺愛のなれそめ
くるりと踵を返し、今いたロビーから遠ざかる。
かつかつと乱暴な音を立てて鳴るヒール。春物のトレンチコートと昨夜丁寧にトリートメントを塗り込んだ巻き髪が揺れる。
なんてこと。なんてことなの。
歩きながら、自分の状況を把握しようと努めるうち、いつの間にか駐車場についていた。もう少しでタクシー乗り場だ。
ぴゅうと早春の風が吹き、暗い屋根の下で、煽られた髪の毛が頬を叩いた。
「私……ふられ……た?」
疑問符を付ける余地などない。紛うことなく、私は彼にふられたんだ。結婚を目前に、婚約指輪一つを慰謝料にして。
「マジか」
膝から力が抜けていく。冷たい地面に倒れ込む前に、手近にあったベンチになだれ込んだ。かろうじて座位の姿勢を保ったまま、うなだれる。
まさか誕生日に、こんな裏切りに会うなんて。
彼は二十八歳。一年付き合って、やっとここまでこぎ着けたと思っていたのに。あと少しで、憧れの海外セレブ暮らしができるはずだったのに。
別れのシーンが脳裏によみがえる。
『莉子は、俺を自分のアイテムのひとつとして見ているだろう?』
誰だって、素敵な旦那様が欲しいでしょ。好みの容姿と希望の年収を持った人を選んで何が悪いの。別にそれが全てじゃない。私は私なりに、あなたを好いていた。いくら条件が良くても、嫌いな人と結婚なんてできない。なのに。