××夫婦、溺愛のなれそめ
「ありがとうございます。でも私、本当に結婚しますので」
ぺこりと頭を下げると、背後で誰かが吹き出すような声がした。けど、振り向かない。笑いたいなら笑えばいい。
頭を上げると、早川部長は困ったような苦笑寸前のような顔をしていた。
「意地を張るなよ。お前がいれば俺も助かるし」
「そう言ってくださるのは、部長だけです」
「えっ?」
「他の方々は、私の退職を楽しみにしているようですから」
そうハッキリ言うと、背後からクスクス笑いも物音も、いっさいの音が消えた。場が凍りつくって、こういうことを言うんだろうか。
「そんなこと……ないよなあ、みんな」
部長が助けを求めるように私の背後に視線を投げるけど、誰からもリアクションはない。
「では、お疲れ様でした。失礼いたします」
二の句を告げなくなった部長にくるりと背を向ける。と、今までこちらを見ていたのだろう社員たちが、慌てて自分のデスクに視線を戻した。
私はキッと正面の出入り口だけを見据え、大股で歩き出す。ウェーブがかかった髪が肩の上でふるふる揺れた。
オフィスを出て真っ直ぐにエレベーターホールへ。すぐについたエレベーターに乗り込むなり、『閉』ボタンを連打してやった。誰も乗せてやるものか。