××夫婦、溺愛のなれそめ
いつも仕事で忙しくて、練習する時間なんてなかったはず。マンションにあるアクリル製のクリスタルみたいな透明ピアノも、ただのディスプレイと化している。
それなのに彼の指はつっかかることなく、滑らかに鍵盤の上を移動する。彼が楽しんで演奏していることが、聞いているだけでわかった。
一曲弾き終えると、お店のあちこちから拍手が贈られた。他のお客さんたちだ。聞き惚れてぼーっとしていた私も、慌てて大きく手を叩いた。
「ダメだ。全然指が動かなかった。もう少し良い音を聞かせたかったのに」
苦笑いで戻ってくるレヴィ。
「何言ってるの。とっても素敵だった」
ピアノをやったこともないし、聞いたこともあまりないけど、レヴィの演奏は心に響いた。本心でそう言える。
自分のためにこんなお店でピアノを弾いてもらえるなんて。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい。泣きそう。
「緊張したでしょ。ありがとう、レヴィ」
笑いかけると、レヴィも席に戻りながら微笑んだ。
「喜んでもらえて良かった。今日のことが莉子の記憶に残れば嬉しい」
「忘れるわけないわ。でも、今日ってどうしてそんなに特別な日なの?」