××夫婦、溺愛のなれそめ

「包丁を持つ手つきはいいですね」

包丁で大根を向いていると、そう褒められた。神藤さんにほめられるのは初めてで、こちらも嫌な気はしない。

「中学の時からよくやってたんです。母親は忙しくて、父親は面倒臭がりでレトルトカレーかカップ麺、あるいは弁当か惣菜しか用意してくれなくて」

中一になって、ニキビが顔じゅうにできた私は焦った。これは食生活が悪いのかもと思い、自炊を始めた。

携帯でレシピを見ながら、適当にやり始めた。最初は楽しかった。自分の作ったものは特別美味しく感じた。

ニキビは結局原因がどこにあったのかよくわからないけど、何か月かかけて自然に終息していった。

「学生は意外に忙しかったでしょう」

「だから、手の込んだものはできないんですよ。基本も知らない。ぱぱっとできてそれなりに美味しくて栄養が取れればオッケーだったから」

学業に部活、そして塾と、中高生は忙しい。

今思えば家事までよくやってたなあ、と思う。まあ、若いからできたのかもしれないけど。

「だから自分は、絶対専業主婦になるって決めたんです。旦那さんと子供のためにご飯を作って……寂しい思いはさせないの」

仕事を頑張る女性は素敵。母親のこともそう思う。でも、私は寂しかったから。


< 90 / 200 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop