君は太陽
番外編:小野山課長の結婚事情
いつもと同じ時間の電車に乗ったのに、普段より空いていた車内を見て、そうか、夏休みに入ったのだなと感じる七月の下旬の金曜日。
私、小野山瑞穂の勤めるコトブキ製菓も、週末の浮足立った空気が流れていた午後三時。
「小野山課長、大変です!」
部下でもあり、小さい頃から知っている妹分でもある結衣ちゃんが、私のデスクの前に慌ててやってきた。
くりくりの二重の瞳に、ふっくらした唇。まるで小動物のように可愛い動きをする結衣ちゃんは、昔から私の癒しの存在。
少し前に、我が社の王子という異名を持つ社長秘書の松嶋くんと婚約した。
本人はまったく気づいていないけれど、婚約のニュースに涙を流したのは松嶋ファンの女性社員だけではない。
結衣ちゃんだって、実はひっそりと『お嫁さんにしたいランキング』の上位に常に君臨していたのだから。
彼女の鉄壁のガードと、同期という立ち位置を利用した松嶋くんの牽制によってあまり知られてはいないこの事実を、別に伝える必要もないので伝えていないけど、それを知ったら結衣ちゃんはどんな顔をするんだろうなあなんて興味はある。
私は『小野山課長』の顔を作って、結衣ちゃんの方へ向きなおす。
「一体どうしたの? そんなに慌てて」
「これが、廊下に落ちていたんです」
結衣ちゃんが手に持っている一枚の紙を、私に手渡してくれる。
それを何も考えずに受け取って、私は目を丸くした。
「これ、離婚届じゃない」
「そうなんですよ。さっき、歩いていたら落ちていて……」
「でも、誰が落としたかなんてわからないわよね。名前も書いてないし」
私の手元にある離婚届は、まっさらの状態でここにある。
どちらかの名前でも書いてあれば、こっそりと本人に返却できるだろうけど、これでは返すこともできない。
「だからといって、そのままにしておくのもと思って、持ってきたんです」
「ありがとう、三枝さん。とりあえず、私が預かっておくわ」
「すみません……」
ホッとした表情で自分の席へと戻る結衣ちゃんを見送って、私は大きなため息をついた。
「離婚届ねぇ……。必要なのは私かも」
ポケットからスマートフォンを取り出して確認しても、新着メールは一通もない。
戸籍上の私の夫である人は、一体何をしているのやら。
私、小野山瑞穂の勤めるコトブキ製菓も、週末の浮足立った空気が流れていた午後三時。
「小野山課長、大変です!」
部下でもあり、小さい頃から知っている妹分でもある結衣ちゃんが、私のデスクの前に慌ててやってきた。
くりくりの二重の瞳に、ふっくらした唇。まるで小動物のように可愛い動きをする結衣ちゃんは、昔から私の癒しの存在。
少し前に、我が社の王子という異名を持つ社長秘書の松嶋くんと婚約した。
本人はまったく気づいていないけれど、婚約のニュースに涙を流したのは松嶋ファンの女性社員だけではない。
結衣ちゃんだって、実はひっそりと『お嫁さんにしたいランキング』の上位に常に君臨していたのだから。
彼女の鉄壁のガードと、同期という立ち位置を利用した松嶋くんの牽制によってあまり知られてはいないこの事実を、別に伝える必要もないので伝えていないけど、それを知ったら結衣ちゃんはどんな顔をするんだろうなあなんて興味はある。
私は『小野山課長』の顔を作って、結衣ちゃんの方へ向きなおす。
「一体どうしたの? そんなに慌てて」
「これが、廊下に落ちていたんです」
結衣ちゃんが手に持っている一枚の紙を、私に手渡してくれる。
それを何も考えずに受け取って、私は目を丸くした。
「これ、離婚届じゃない」
「そうなんですよ。さっき、歩いていたら落ちていて……」
「でも、誰が落としたかなんてわからないわよね。名前も書いてないし」
私の手元にある離婚届は、まっさらの状態でここにある。
どちらかの名前でも書いてあれば、こっそりと本人に返却できるだろうけど、これでは返すこともできない。
「だからといって、そのままにしておくのもと思って、持ってきたんです」
「ありがとう、三枝さん。とりあえず、私が預かっておくわ」
「すみません……」
ホッとした表情で自分の席へと戻る結衣ちゃんを見送って、私は大きなため息をついた。
「離婚届ねぇ……。必要なのは私かも」
ポケットからスマートフォンを取り出して確認しても、新着メールは一通もない。
戸籍上の私の夫である人は、一体何をしているのやら。