蓼科家物語 四女 桜和の話
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花謡旅館の裏門に車を停めていると、待ち合わせの時間ぴったりに俺の待ち人はやってきた。
桜「こんにちは、春!」
春「ん。乗って」
右側の助手席のドアを開くと、桜和は緊張した面持ちで席に座った。
こうなったのはもちろん、宴会があった次の日に、桜和から電話がかかってきたからだ。
桜『春………あの…一週間後退院するから…………だから……えっと…』
春『……その3日後、会えるか?』
桜『あ…うん!会う!』
思ったより、乗り気だったのが嬉しかった。本当は仕事が詰まっていたのだけれど、無理やりこの1日を空いている日にした。
春「…どこ行きたい?」
桜「うーん、水族……あっ……………」
言いかけて、何かに気づいて言葉を濁した。
桜「展覧会、行きたいかも…」
行きたいって言うくせに顔が曇っている。思わず苦笑してしまった。
桜「なに?意味わかんないところで笑って…」
春「桜和…桃葉さんから聞いた。…ちなみに菫亜さんにも会った。……今日は水族館にするか」
桜和はなにが起きたかわからないような顔をしてほうけていたが、やがて俺の言葉の意味に気づいて、顔を真っ赤にして両手で隠した。
春「…そっちの方がいい」
思わず声に出してしまうと、桜和は「うーーー」と声を出して自分の手の中に顔を埋めた。