蓼科家物語 四女 桜和の話
「名前、聞いていい?」
さて、手当てをしに行くとは言ったものの一体どこへ向かえばいいのか…
とりあえず看護師さがすか…
春「名前、なんていうんだ?」
「僕?ゆーいちろー!」
春「ゆういちろうか。いい名前だな。ここに入院してるのか?」
「うん、でもね、ぼくねもうすぐたんいんするの」
春「たんいん?ああ、退院か…。自分の部屋わかるか?」
「うーーーんっとね、忘れちゃった」
春「そうか…」
そのまま歩いてナースステーションに向かった。
すると、奥の方にいる看護師が大きな声をあげた。
「あー!ゆうくん!お部屋にいないってお母さんが心配してたんだよ!!ほら、一緒に戻ろう!」
春「あの、さっき怪我したんですけど」
「え、あっ、ほんとだ。病室戻ったら消毒しようね」
春「俺運びます」
「あ…ありがとうございます///」
看護師についてゆういちろうを部屋まで送った。病室の名前を見て、佐伯優一郎(saeki yuuichiro)という名前だったことを知った。
病室には優一郎の母親がいて、泣きながら何度も俺に頭を下げた。
春「じゃあな。早く退院できるといいな」
「また、会いにきてね」
春「うん、必ず」
優一郎の頭を撫でると、満足げな顔をして布団の中に入った。
それを見て、俺は優一郎の病室を後にした。
じいさんと右近はまだ中庭にいるのだろうか。ふと、2人にコーヒーでも買っていこうということを思いつき、自販機を探した。
一回まで降りて食堂に行くと、隅の方に自販機を見つけた。
ただ、先約がいたのでしばらく食堂の椅子に座って、その子が買い終わるのを待つことにした。
春「………長いな」
何やらその子は商品ではなく下を向いて考え込んでいるようだった。
そこで、俺は売店に行った方が早いと思い直し、きた道を戻り、売店によってコーヒーを二本買った。
しかし、もう一度食堂を通りかかってもやはりその子は自販機の前にいた。
髪に隠れて顔はよく見えないが、よく見ると肩が大きく上下していた。その事が気になって、すたすたと近づき、声をかけた。
春「あの…」
呼びかけると、その子は俺とは別の方向を向いた。
春「なあ、ちょっと」
手を掴むと、その手が妙に冷たくて、汗ばんでいた。
「はあっ……………はあっ」
春「おい、大丈夫か?」
「………いっ……たい」
か細い声でそういうので、俺に掴まれている手が痛いのかと思ってパッと手を離した。
その途端、その子の膝が折れた。俺はとっさに手を伸ばして支えると、彼女はゆっくり床に座り込んだ。
腕の中には、右手で胸をぎゅっと抑えこむ彼女がいる。
「……っ!はあっ……」
春「…………ごめん、運ぶ」
放っておけなくなって、その子の膝の下に手を入れて、抱き上げた。
俺が急いでナースステーションに向かうと、途中通りかかった医者が大声をあげた。
「桜和!……ちょっと君、そのままこっちきてっ」
医者に引っ張られて近くの診察室らしきとこに入った。
「そこに寝かせて」
置いてあったベッドにその子を寝かせた。
そして、明るい部屋の中で髪を顔にかからないようにしてあげると、彼女の顔がはっきりと見えた。
春「えっ………」
ようやく、見つけた…。そう思った。
目の前で、意識を失っている彼女こそ、俺があの雪の日に出会った少女だった。