蓼科家物語 四女 桜和の話
桜「あ、待って春。通り過ぎる」
春「え?…ここ?」
桜「うん」
病室の中に入って桜和をベッドに寝かせた。
そろそろ戻らないと、右近がうるさい。
けれど、せっかくの機会を逃したくもない。
春「なあ」
桜「んー?」
春「……また来てもいいか?」
桜「………もちろんっ」
桜和は一瞬キョトンとした顔をして、それから嬉しそうに微笑んだ。
ように、見えただけかもしれないけど。
春「……あとこれ、俺の」
横になってる桜和に連絡先を書いた紙を渡す。
桜「…いいの?」
春「いいのってなに?受け取って」
桜「……うんっ」
春「じゃあ、早く元気になれよ」
桜和の頭を撫でて病室を出た。
春「……よし」
小さく呟いて、少し早足で右近とじいさんのところに向かった。
+×+×+×+
あれから数日。
俺はなぜだか桜和ではなく、暖弥と距離を縮めていた。
仕事がまたひと段落してじいさんの見舞いに行ったら、なぜだか暖弥がすごく落ち込んでいて、声をかけたのが始まりだった。
春「なんか今日、暗くね?」
暖「おう……時間ある?」
春「あるけど、本当にどうした?」
暖「…俺、今から飯食いに行くからつきあって」
春「……うん」
しばらくして中庭に出た。大の男が2人揃ってベンチに座っている……。通りかかる人たちの視線が時々痛い。
春「で?…なに」
暖「………桃葉と喧嘩した」
春「なんかしたのか?」
暖「…昨日な、久々に早く家に帰ったんだよ、そしたら…働いてて。しかも、客にナンパされてるところを目撃してさ……」
春「え、なに。客殴ったりして桃葉さんに怒られたとか?」
暖「よく分かるな…」
春「…………いや、殴るなよ。それが原因?」
聞き直すと、暖弥は深いため息をついた。
暖「いや、違う…………俺、泣かせちゃってさ…」
春「はあ?なにしてんの」
暖「本当にな。桃葉ってあまり泣かないんだけど。俺の前で泣いてんのとか3回くらいしか見たことなかったから今、相当こたえてる」
数えてるのか……若干ひいてしまった自分がいた。
春「早く仲直りしろよ」
暖「なんだけど、こういうの久しぶりすぎて方法が思いつかない…。てか、なんで泣いたかって、仕事してんの怒ったからで、俺は仕事休んで、ゆっくりして欲しいんだけど、いつも働いてて……。意味わかんねえ。なんか働かせない方法とかない?」
春「ないな。……俺が思うに、桃葉さん仕事がもう習慣になってるとかは?
仕事しないと、落ち着かない……感じで。あと、泣いてしまったのは、単に精神が不安定になってるからとか…出産初めてなら不安だろ、きっと」
暖「………春すごいな。………………なんか似てるもんな。春と桃葉。………そっか、んー、俺少し休みとろっかな。じゃあ。ちょうど、桜和も落ち着いてきたし」
春「ああ、暖弥がそばにいれば安心して、少しは落ち着けるだろうし」
暖「そうだな。ありがと、聞いてくれて。…桜和には会っていかないのか?」
その言葉に俺は一瞬ピシッと止まった。
春「え、なに?今の地雷?」
暖「………連絡先渡したんだけど、一回も連絡きてない」