私たちは大人になった
狼狽える本宮さんを楽しむつもりが、反対に赤面させられる。
「…そんなこと聞いてません」
言いながらさっきの自分の態度を振り返れば、説得力は皆無だった。
「僕に彼女が出来たと思って、怒った?」
「私に怒る権利はありません」
「半年前に私に告白してきたばっかりなのに、もう他の女いるのかよ、とか?」
「そんなこと…」
「拗ねちゃって、かわいい」
「やめてください」
私が本宮さんを苦手な理由。
もう一つは、半年前に彼から告白されたからだ。もちろんその頃は、私にも彼氏がいたから丁重にお断りした。
「忘れて」と彼は言ったけど、なかったことにして翌日から今まで通りの顔で働けるほど、私の神経は図太くない。
しかも、私はチーフとなった本宮さんの直属の部下だし、本宮さんは私が入社してからずっと仕事を教えてくれていた先輩でもある。さり気なく距離を置くなんてことは不可能だ。
「鈴木さんはさ、もう少しずるくなればいいと思うよ?」
「どういう…意味ですか?」
「こういう意味」
いつの間にか私の隣に立っていた彼が屈んで、座っている私と視線を合わす。
スッと伸びてきた彼の手に、思わず体をすくませた。
「怯えないでよ」
「いや、怯えたわけでは」
「まあ、感覚としては正しい訳だけど」
軽く微笑みながら、本宮さんの手は私の頭上へと伸びて、ポンポンと優しいリズムを刻んだ後で、そっと離れていった。
「無理して頑張ることない」
「無理してなんて…」
「そう?僕には無理してるように見えるけど」
そんなはずはない。失恋ごときでまわりに迷惑を掛けるわけにはいかないと、仕事だっていつも以上にしっかりやっていたはずだ。無言になった私に諭すように彼は続ける。
「失恋のつらさは一応分かってるつもりだからさ」
「……」
「少しは頼ってよ」
珍しく顔に感情を浮かべた本宮さんを見た。その切なくなるほどに優しい瞳に思わずホロリと涙がこぼれそうになる。
恋人の最低な裏切りに、愚痴を思い切りこぼせたのは友達と飲み明かした数回で。
七年も付き合っていて、もうすぐ将来の話でもしよかという恋人を失ったことは、確かに私にとっては人生の一大事かもしれない。それでも…
「簡単に頼れません」
「だよね。よく分かってるよ、鈴木さんの性格は。でも…」
「いい大人だし、それに本宮さんには頼れません」
はっきりきっぱり言い切った。
自分が振った相手に、都合よく慰めてもらうだなんて、私のモラルに反する。
「大人だから、多少ずるくてもいいんだよ」