私たちは大人になった

「僕を利用して、早く彼氏の事なんて忘れてしまえばいい」

屈んだまま、オフィスに残る人の視線を避けて、本宮さんはもう一度私に手を伸ばした。今度はぎゅっとにぎったまま膝の上に置いた私の手をそっと包む。

「そんな、利用するだなんて…」
「気にしなくていい。とっとと忘れてくれた方が僕としても助かる。一刻も早く鈴木さんを口説き落としたいから」
「なっ……」

ほら、こうやって、本宮さんはしれっと私が赤面するようなことを言ってのけるんだ。
半年前に告白されたときも、あまりにも軽い口調だったので、最初は本気なのかどうか疑ったくらいだ。

「ま、その話はさておき。この後予定がないなら、早速僕を利用する?折角だから、この前オープンしたホテルにしようか」
「ホテルって!!…い、一体、何するつもりですか!?」
「あそこのブュッフェって、美味しいって評判なんだよね。どうせ、やけ食いするなら美味しい方がいいでしょ?」
「…やけ食い?」
「そう、やけ食い。いやだな、鈴木さん、何か変な想像した?あはは」

またもや笑いながら、今度は手をパッと離して、おどけたように両手を挙げる。

「安心して。そんな迂闊に手は出さない」
「そんな…」
「僕は今、一番君に嫌われるのが困るから」

立ち上がった本宮さんは「流石に予約が無いと当日いきなりは無理かな」と言って、手早く帰り支度をしてから、近くの居酒屋へと私を誘う。
流れるようなエスコートに、ついつい誘われるがままについて行ってしまったのが、運命の分かれ目だったのかもしれない。

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