私たちは大人になった

二次会をするという友人達に別れを告げて、パーティー会場を後にする。
駅まで歩こうとしたら、後ろから左肩を掴まれる。

何事かと振り返れば、そこにはにっこりと微笑む夫がいた。

「あれ、どうしたの?」
「どうしたって、君を迎えに」
「ちゃんと一人で帰れるわよ。それに…陽菜乃は?どうしたの?」

夫の傍らにいるはずの娘の姿がないことに気がつき、首を傾げながら尋ねれば、夫はまた飄々とした様子で答える。

「実家に預けてきた」
「そんな…急に。お義母さんだって、都合が」
「問題ないよ。前から頼んであったから」

しれっと当たり前のように答える夫を軽く睨みつつ、一応抗議する。1歳半の娘はよく義母に懐いているので心配はないものの、事前に聞かされていなかった事が私は気にくわない。

「私、聞いてないわよ」
「そうだろうね、言ってないから」

私の睨みは全く利いてないようで、夫は長い手で私の腰を流れるように抱き寄せて、歩き始めた。

「サプライズだよ。たまには二人でゆっくりデートしよう」
「最近は私のことなんて忘れて、陽菜乃とベッタリだったくせに」
「それ、いいね。娘にヤキモチ妬いてる奥さんなんて、僕の理想だよ」
「…どこへ行くの?」
「どこかに寄り道してもいいけど、最終目的地はクラウンホテルかな。」

夫が告げた行き先に、私はまたしても異議を唱える。立食パーティーだったとはいえ、私はしっかりと食事も堪能したところだ。

「私、もうお腹いっぱいよ」
「食事のためじゃないよ。今日は泊まるつもりだから」

いつぞやかとは逆のことを、爽やかに告げた夫を今度は驚いて見上げる。

「そんな、泊まるって急に…陽菜乃は…」
「大丈夫だよ、陽菜乃は君が出掛けてからずっとご機嫌で遊んでたから、今頃ぐっすり眠ってるはずだよ。一度眠ると最近は朝まで起きないだろう?」

夫が私を説得する時のスラスラと出てくる言葉には、いつも感心してしまう。
そして、結局は私が折れることになると知っているのに、ほんの少しだけ反論したくなる。

「旅行でもないのに、贅沢よ。眠るためだけにホテルなんて…」
「あれ?碧は眠るだけでいいの?」

私の小言を夫が遮る。思わず眠る以外にすることを想像して、頬が赤く染まった。

「いや、そういうわけじゃ…」
「バーか部屋で少し飲もう」

照れながら自分を見上げた私に、彼はとても満足そうに微笑んで告げた。やられた、と思ってももう遅い。

「ごめんね、碧の想像してたこととは違った?」
「もうっ、知らない!」

プイッとそっぽを向きながらも、夫としっかり歩調を合わせて歩く。
どうせこの夫は、ホテルに着けば私の機嫌を一瞬にして直してしまうこだろう。怒るだけ無駄だということを、私は嫌というほど知っている。

「ご期待に応えて、素敵な夜にするよ」

笑いを噛み殺しながらも、しっかりと私をエスコートする夫に、身を任せながらぼんやりとした幸福感を味わう。



私たちは大人になった。

思い描いていた未来や、憧れていたような大恋愛にはほど遠いけれど。
私が辿り着いたのは、想像していたよりもずっとあたたかな場所だった。

-END-
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