私たちは大人になった
「ちょっと、どういうこと?」
二次会がお開きになり、泥酔しつつ最後は新郎新婦を前に「碧、幸せになれよー」と号泣していた安川君をタクシーに押し込んでから、私はかつての恋人を問い詰めた。
「どうって、別れたことをみんなに報告してないだけ。サークルの男連中の間では、まだかなえと俺は付き合ってることになってる」
芳樹は、安川君以上に酔っているんじゃないかと疑いたくなるような発言を重ねる。
芳樹と別れてからサークル関係の集まりは全て欠席していたから、まさかそんなことになっているとは知らなかった。
「どうして?」
「だって、俺の中ではかなえとヨリを戻すつもりでいるから」
「真面目に聞いてるんだけど?」
「真面目に答えてるけど?」
芳樹の口ぶりからさほど酔っているような気配はない。だから、たちの悪い冗談に少しムッとした。
「そういうのいいから」
「本気だって」
「冗談には付き合いきれないから、もう帰るね」
溜息交じりに手を振れば、がしっとその手を掴まれる。久しぶりに感じた温もりに私は思わず足を止めた。
「本気で言ってる。かなえ、もう一度やり直せない?」
芳樹のことはよく知っている。
三年のブランクがあるとはいえ、大学生の頃から五年も付き合っていたのだ。
でも、こんな芳樹は知らない。
明るく社交的な性格で、笑えない冗談を言うような男ではないはずなのに。
「本気だとしても、無理だよ」
本気にしたら負けだと思いつつも、静かに首を横に振って、丁寧にご辞退申し上げる。
「どうして?」
「もうあの頃の私とは違うから」
昔流行った歌の歌詞みたいだ。まさか自分がこんな恥ずかしい台詞を口にする日が来ようとは。
「今日会ってみて再確認したよ。かなえ以上の女はいないって」
「今日、私はやっぱり芳樹とは合わないんだと再確認したところよ」
「そんなこと言うなよ。俺は別れてから、ずっと後悔してた」
「残念だけど、借金なら他をあたって」
「だから、真面目に聞けって」
どんなに熱烈な言葉をもらっても、いまいちピンとこないため、あえて茶化して切り捨てる。
熱が入ると物事をすぐに大げさに言いたがるところなんて、昔付き合っていた頃からまるで変わってなくて、あの頃はそんな芳樹さえ可愛くて愛おしいと思っていたのに、今となってはどうにも子どもっぽくて、いい年をした大人が…と思わず説教したくなる。