私たちは大人になった
「今、付き合ってる相手はいるのか?」
私を引き留めるように、芳樹の質問が投げかけられる。こんなことなら、先手必勝で下手な嘘をついておくんだったと、また後悔した。
「いないけど?…というか、どうせ恋人がいないことも知ってるんでしょ?」
学生時代同じサークルだった私たちには、共通の友人がたくさんいる。
その上、知り尽くした芳樹の性格から考えれば、事前に絶対リサーチするはずだ。昔から勝てない勝負はしない主義だったことを思い出す。
「うん、まあ。留美にかなでが恋人と別れたら教えてって連絡してあったから、先週教えて貰ったんだ」
「留美め…」
思わず、今日は用事で欠席した友人に恨み言を言いたくなる。
サークルも同じで、学生時代から一番仲のよい留美(るみ)とは、頻繁に飲みに行く仲で、恋人と別れた話をほんの2週間前にしたばかりだ。
お互いに、29歳。周りの友達も大半が結婚して、いる年齢だ。馬鹿みたいに飲んで、愚痴をこぼせる相手はここ数年で留美を残して居なくなった。
その留美ももう付き合って三年になる彼氏がいるから、一人置いてけぼりになるのも時間の問題だろう。
「抜かりないわね。留美に聞くあたり」
「留美が心配してたぞ」
「ああ、そう。じゃあ、ちょうどいいから俺が相手してやるかって?結構よ!昔の男に同情してもらうほど、落ちぶれてないわ」
「かなえ、待て。そういう訳じゃない」
捨て台詞を吐いて、芳樹の手を振り払い、走り出す。冷たい風に頬が晒された途端、情けなくて涙が出た。
大人ならば、もう少し割り切った考え方をしなくてはならないのかもしれない。
三十路で選り好みしている場合じゃないし、とりあえず少しでも可能性がある男をキープしておいた方がいいのかもしれない。
───その相手が、たとえ無神経な元彼だとしてもだ。