私たちは大人になった

ヒールでこんなにダッシュしたのはいつぶりだろうかと思う。
思えば、さっきみたいに誰かに怒りをぶつけたのも久しぶりかもしれない。
ここ最近では恋人と喧嘩するときも、別れるときでさえも、声を荒げたりすることはほとんどない。

それを、大人になった証拠かもしれないと思っていた自分を、心の中で笑い飛ばす。

ちっとも大人なんかじゃない。
元彼の失礼な申し出をあしらう余裕すら、今の私にはないのだから。

「やり直すって簡単に言わないでよ」

地下鉄の入口まで辿り着いて、ようやく足を止め、一人呟いてから記憶を辿る。
思えば、芳樹以上に成長していないのは、私なのかも知れないと思う。


私たちがなぜ別れるに至ったのか、理由を簡単にまとめるならば、単に「私たちが子どもだったから」ということに他ならない。

若いなりに、私は芳樹のことを本気で好きだったし、ぼんやりながらも将来のことを見据えて真剣に付き合っていた。
だから、この恋に終わりなんてやってこないと信じていたし、彼と結婚したいかと問われれば、当時の私は迷うことなくイエスと答えただろう。
そんな漠然とした信頼が崩れたのは、彼の何気ない一言だった。

「俺って、昔から結婚願望がないんだよね。正直結婚してる自分が全く想像できなくて」
「それは、何?遠回しに別れようって話?」
「なんでそうなる?かなえも、別に結婚なんて考えてないだろう?」

何となく結婚の話題を口にしただけだった。彼に結婚を意識させるとか、そういう大それた目的があったわけじゃない。
ただ、返ってきた言葉にしっかりと失望したことだけは確かだった。

「問題はそういうことじゃないの。私はいつか結婚したいし、子どもだって欲しい」
「……」
「だから、芳樹がそういう考えなら、別れよう」
「…ちょっと、待てって」

その後も散々話し合ったけれど、話は平行線を辿り、二人の溝はついに埋まらなかった。
別れが辛くなかった訳じゃない。それでも、若かった私には相手の主張を受け入れるだけの余裕がなかったのだ。
年齢と恋愛経験を重ねるうちに、自分の選択があまりに幼稚で短絡的だったと反省することはあるけれど、後悔したことは一度もない。

ひと言で言えば。
彼とは、縁がなかった。
それだけのこと。


────少なくとも私はそう思っていた。
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