私たちは大人になった
荒い息を整えながら、地下鉄の階段をゆっくりと下りるうちに、私は落ち着きを取り戻していった。
(帰って、ゆっくりお風呂にでもつかろう…)
上からコートを羽織っているとはいえ、真冬にパーティー用の薄着で出歩いて、体は冷え切っていた。若い頃には何でもなかったことが、アラサーの体には意外に堪えるのだ。
(それとも、部屋で一人で飲み直すか)
どうせ自分をいじめるならば、とことん。そんな気も湧いてくる。
何と言っても、もう少し飲みたい気分なのだ。
そんなことをぼんやり考えていて。
私は、すっかり油断していた。
だから、背後から突然肩を掴まれたとき。
思わず「ひゃぁっ」と大声を上げてしまったのは、もはや仕方ない。
「かなえ、驚きすぎ」
振り返れば、私の肩を掴む芳樹と視線が合う。走ってきたのか、息を整えながら言葉を発する。
「誰だってビックリするわよ」
「追い掛けてくることは予想できただろ」
「あいにく、まったくの予想外よ!」
反論しつつ、芳樹のフットワークの軽さはよく知っているから、確かにあのまま追い掛けてきたとしても不思議はない。
「…かなえ、さっきは間違えた」
「人違いに気づいてくれてよかったわ」
「いや、間違えたのは言い方だ」
階段の真ん中で言い合いを続けるわけにはいかない。私は渋々、芳樹についてくるよう促した。芳樹は私の意図が通じたのか、私と肩を並べて階段を下りる。
もはや、芳樹がどこに住んでいて、どっち方面の電車に乗るかなんて関係ない。話したければ、付いて来ればいい。家に帰り着くまでの間でよければ、追い掛けてまで話したい用件とやらを聞こうじゃないの。
「さっきだけじゃなくて、三年前も…正直な気持ちをちゃんと言葉にして伝えるべきだった」
珍しく真面目に、ぽつりぽつりと言葉を発する芳樹に対して、私は相槌なのかどうかも判然としないくらい僅かに首を縦に振るのみだ。
「あの頃、確かに俺は自分が結婚するなんて考えたこともなかった。だけど、かなえとはずっと一緒にいたいと思ってた」
いつになく余裕のない声色で芳樹は続けた。
「子どもだったんだ。形なんて変えなくても、好きならずっと一緒に居られると思ってた」
それは、お互い様だ。
好きなら、そのうち結婚するのは当たり前だと私は思っていた。
幼いが故に、自分の方が正しくて常識的なのだと思いこんでいた。芳樹だけが悪いわけではない。