私たちは大人になった
「あのとき、かなえに結婚しないなら別れるって言われて、子どもみたいに拗ねたんだ。結婚するために付き合ってるんであって、俺のことはそれほど好きじゃないって言われてるみたいで」
「そんなこと…」
「わかってる。今なら分かるんだ。かなえがそんなつもりじゃなかったこと。将来どうなるか分からないのに、付いていけないって思うのは当然だよな」
三年も前の出来事に傷付いた様子で、芳樹は黙って天を仰ぐ。しばらくの沈黙の後に、意を決したように口を開いた。
「かなえがいなくなって、痛感したんだ。大人にならなきゃって。俺が子ども過ぎるから、かなえは嫌になっちゃったんだろうなって」
そんなことない。
その一言はこみ上げる感情が邪魔をして、なかなか出てこなかった。
子どもだったのは私の方だ。
好きならしばらくは彼の気が変わるのを待っていてもよかったかもしれないし、ゆっくりと彼を説得すればよかったのかもしれない。
すぐに結論を出さなくてもよかったものを、答えを急いでしまった。
「それでさ、決めたんだ。ちゃんと俺自身が成長してから、もう一度かなえに告白しようって」
芳樹の表情は、穏やかだった。
あの頃のような無邪気な笑みの代わりに、全てを包み込むような柔らかい微笑みを見せる。
さっきまで過剰に反応してプリプリ怒っていた自分がバカみたいだ。
「ありがとう。あのときは、私もわるかったから。わたしも大好きだったよ。ずっと一緒にいたいと思ってた。もう少し私が大人だったら、私たち別れずにすんだかもしれないね」
三年越しの謝罪の言葉とともに、素直な心境がすらすらと口から出ていった。芳樹が安心したように私の名前を呼ぶ。
「かなえ…」
「…でも、さすがにやり直すのは無理だけど」
期待し始めただろう芳樹にしっかりと釘を刺す。それはそれ、これはこれである。
「だってさ、やっぱり私にとってはもう過去の…」
これ以上ないくらいにもっともな理由を述べようとしたら、途中で芳樹の手に口を塞がれた。
すぐに手は離されたけれど、言わせないとばかりに、にっこり笑って芳樹が口を開く。