嘘つきな君
変わっていくもの
秘書という仕事を初めて嫌だと思った。
それは。
「おはようございます」
どんな事があっても、仕えるべく常務に毎日会わなければならないからだ。
「おはよう」
「今日のスケジュールの確認です」
ほんの数時間前までは手を絡めあっていたのに。
心の整理なんて全くついていないのに。
今は、何事も無かったかの様に振る舞わなければならない。
――だって、ここは職場だから。
「――……以上です」
「分かった。下がっていいぞ」
手帳から顔を上げた私に一度視線を向けてから、いつもの様に素っ気無く頷いた彼。
何事も無かった様に振る舞う、成熟した大人の対応。
いつも通りの表情で。
いつも通りに接する。
昨日のどこか弱っていた姿も、気の迷いか手を重ね合った事も。
彼の中では、『無かった事』らしい。
「10時から会議です。資料の確認をお願いします」
だから私も、何事も無かったかの様に仕事をこなす。
常務がそういう態度なら、私もそうする。
昨日の事は、『無かった事』に――。