嘘つきな君
まるでヘビとマングースの様に、互いを睨み合う先輩と常務。
その間に挟まれて、最早息をするのも辛い。
それでも、暫くすると呆れたように溜息を吐いた常務が、ゆっくりとその黒目がちな瞳を動かして私を捉えた。
その瞳と目が合った瞬間、ドクンと心臓が大きく鳴る。
端正な顔に灯るキャンドルの灯りが、更に彼の魅力を掻き立てる。
ユラユラと揺れる世界の中で、瞳だけが真っ直ぐに私に注がれている。
それでも、その強い眼差しから思わず目を背けてしまった。
最後に会ったのは、あの日。
私が捻挫した時、私の気持ちを伝えても答えてもらえず、まるで拒否するかの様に追いやられた、あの日以来。
もちろん仕事場では毎日会っているけど、あんなのは最早会っているとは言えない状況。
業務的な言葉を並べて、目を合わせる事も無かったのだから。
だから、今のこの状況が気まずくないはずがない。
私の告白をバッサリと切り捨てて、そうして今日に至るのだから。
痛い程の視線を感じる中、深い沈黙が降り注ぐ。
どちらかが喋り出さなければ、何も始まらない。
そう思って、意を決して口を開こうとした、その時――。
「悪いけど、コイツは借りていく」
静寂を破って聞こえたその声に、目を瞬く。
え? と思って伏せていた顔を慌てて常務の方に向ける。
だけどその瞬間、勢いよく腕を掴まれて立ち上がらされた。
「え?――わ、きゃ!」
無意識に出た小さな悲鳴も聞かずに、私のバックを片手に持った常務は、そのまま私を引きずる様にして出口へと歩き出した。
突然の事で訳が分からず、連れられるまま常務の背中と未だに椅子に座ったまま楽しそうに微笑む先輩を交互に見やる。
「ちょっ、ちょっと待ってください、常務っ!!」
「芹沢~ここは俺の奢りだから気にするな~」
「だそうだ」
「いや、そんな事じゃなくてっ」
ヒラヒラと楽しそうに手を振る先輩の声に常務の淡々とした声が重なるけど、鋭くツッコむ。
思わず、ダメです! とバックの中から財布を取り出そうとするが、彼に奪われて取れない。
変わりに大声を出そうにも、こんな落ち着いた雰囲気のバーでそんな事も出来ずに、ただ小さくなっていく先輩に何度も頭を下げた。