嘘つきな君
音を無くした世界の中で 、ただただ時間だけが過ぎていく。

何か話さなければと思うのに、何を言っていいか分からずに口を噤む。

すると。


「菅野から、どこまで聞いた?」

「え?」

「俺の事」


その言葉に、ゆっくりと体を反転させる。

その先にいたのは、ソファに腰かけて私を見つめる彼だった。

一瞬目が合ったけど、逃げるように視線を伏せて声を出す。


「――ご両親の事とか、社長との関係だとか……お兄さんが亡くなった後の事だとか」


言葉に詰まりながらも、そう口にする。

そんな私の言葉を聞いて、常務はふっと小さく息の下で笑った。


「だったら、菅野から聞いた通りだ」


どこか自嘲気に、笑って視線を伏せた彼。

そして、僅かな沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「俺は両親を事故で亡くして、そのまま現社長に引き取られて育った。何不自由ない生活だった。大学も好きな所に行かせてもらったし、欲しいと思った物は何でも与えられた。だから、周りからの冷たい視線も嫌味も何もかも、我慢していた。自分は恵まれていると何度も言い聞かせて」

「――」

「だけど、与えられるものは金ばかり。嘘で塗り固められた世界は、俺にとっては息苦しい世界でしかなかった。それでも耐えられたのは、兄貴の存在だった。唯一俺の事を気にかけてくれる存在だった。俺よりも遥かに会社や周りからの重圧は重かったはずなのに、いつも俺の事を気に掛けてくれた」


悲しそうに笑って、そう話す常務。

昔話をするには、あまりにも辛そうな顔だった。

だけど、ゆっくりと顔を上げて真っ直ぐに私を見つめた。


「そんな中、ようやく見つけた光が映画の世界だった。やりたい事を見つけて、我武者羅に進んだ。その結果、ようやく夢を掴む事が出来た。それと同時に、今まで無かった居場所も手に入れた」

「――」

「だけど、唯一家族だと思っていた兄は突然死に、手の平を返した様な親族達の力で、俺は有無を言わされずに掴んだもの全て奪われて、今の場所に落とされた」

「――」

「それが、俺の今だ」


ようやく視線を持ち上げて、自嘲気に笑った常務を見て瞳を歪める。

無理に作られた表情だと、直ぐに分かったから。

本当は押し潰されそうなくせに。

だって、お兄さんの話をしている時の常務、本当に優しい顔をしていたから。

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