嘘つきな君
どこにも道はないと悟って、世界が崩壊する。

今にも泣きだしそうになって、逃げるように膝をついていた体を持ち上げた。

その時――。


「そう……思ってたんだけどな」


一呼吸置いて呟かれた言葉に体が固まる。

え? と思って、動きを止める。

そんな私を見て、どこか苦しそうに笑った常務。

そして、深く息を吐いて私を真っ直ぐに見つめた。


「何度も、諦めようとした」


落ちた言葉に、思わず目を見開いた。

ゆっくりと私に向けられた黒目がちな瞳が、優しく細められる。


「お前に好きだと言われた時も、頷いてしまいそうな自分を必死に抑えた」


苦しそうに瞳を歪めた常務。

その途端、感情の渦が体を覆う。

その言葉を理解しようと、必死に頭を回転させる。


今、なんて?

何て言った?


「あの後、自分の立場も世間体も、決められている未来も、何度も自分に言い聞かせた」

「――」

「だけど、どうしても諦められなかった。日を追うごとにどんどん気持ちは大きくなって、もう抑えきれなかった」


熱を帯びた声が、私に向けられる。

それと同時に、ゆっくりとその大きな手が私の手に添えられた。


「俺は、世界で一番我儘なんだろうな」


自嘲気に笑って、そう言った彼。

その瞬間、涙がポロリと落ちた。
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