嘘つきな君
僅かに笑みを浮かべた私を、不思議そうな顔をした常務が見つめた。
その姿さえも愛おしいと思う私に、もう逃げ道なんてない。
いや、逃げようなんて考え、これっぽっちも。
だけど、心の奥底で再びもう1人の自分が私に囁きかける。
最後のチャンスだよ、とでも言うように。
――幸せになんて、なれないよ。
そんな声が聞こえて、目を閉じる。
分かっている、とそう心の奥で囁いて。
だけど、再び目を開けた先に見えた常務の姿に、そんな言葉、一瞬のうちに消え去ってしまう。
愛しさと、好きに、塗り替えられていく。
私は、きっと底なしの馬鹿なんだと思う。
幸せになれないと分かっていても。
未来がないと分かっていても。
それでも、その道を進みたいと願ってしまう。
例え涙を何度流そうと、彼の側にいたいと思ってしまう。
そう思った自分に少なからず驚く。
いつのまに、こんなに好きになっていたんだろう。
戻れない所まで来ていたんだろう。
だけど、私は後悔しない。
でも、常務は――?
不意に不安になって、目の前の常務を見つめる。
そして、確認するように口を開いた。
「――私達の未来はないんですよ? それでも、いいんですか?」
「分かってる」
微かに瞳を細めた彼を見て、思う。
きっと、それは彼が一番分かってる事だと。
私達の歩もうとしている道は、光のない真っ暗な道なんだと。
だから、私の想いを振り払ったんだ。
誰よりもこの関係に抵抗を示しているのは、きっと彼の方。
別れが決まっている恋だと分かっているから、私から距離を置こうとした。
互いに傷つく事、分かっているから。
それでも、体中から溢れるこの想いに抗う事なんてできなかった。
まるで磁石の様に惹かれあった私達。
だから、この手を取らずにはいられなかったんだ。