嘘つきな君
「気をつけなよ~。この季節床が滑るから」
「分かってるよっ」
まるで子供に話しかける様に私の顔を覗き込む仁美。
プイッと顔を背ければ、菅野先輩がクスクスと楽しそうに笑った。
「あ、で。菅野先輩は今日は一人なんですか?」
ようやく私が少し落ち着きを取り戻した所で、話を元に戻したのか、仁美が腕時計を確認した先輩に問いかける。
そういえば、菅野先輩が一人で飲んでいるなんて珍しい。
友達が多い先輩は、いつも沢山の人に囲まれているイメージだったから。
「いや。高校の時の友達と待ち合わせ中。少し仕事が早く切り上げられたから先に来たんだ」
仁美の言葉を聞いて、腕時計から視線を上げた先輩。
少しだけ目元を赤くして微笑んだ後、もう一度ワインに口をつけた。
その時。
「――お。噂をすれば来た」
不意に入口の方に視線を向けた先輩が、片手を上げて微笑んだ。
その先に視線を向けると、こっちに歩み寄ってくる一人の男性がいた。
真っ黒なコートを羽織ったスーツ姿の、その男性。
モデルの様な長い手足に、しっかりとした肩幅。
ハーフの様な高い鼻に、少しルーズな黒髪。
どこか気怠そうにも見える黒目がちな瞳。