嘘つきな君
内心ニヤニヤしていたけど、必死に頬を引き締める。

すると、同じように『常務』な顔の彼が、私に向かって声をかけた。


「芹沢」

「はい」

「悪いが、この資料を纏めておいてくれ」

「畏まりました」

「今日の2時までに得意先にFAXしておくように」


いつもの様に黒いセルフレームの眼鏡をかけた常務が、淡々と仕事の話をする。

もちろん私も、同じ様に返す。


「この資料だ」


資料の束の中から目当ての資料を見つけた常務が、その資料を私に手渡してくる。

それを両手で受け取ろうとした時、不意に資料の下で指先が触れあった。

すると、それと同時に、彼の指先が私の指を優しく撫でた。


「――っ」


パッと顔を上げると、微かに瞳を細めた彼と目が合う。

黒目がちの大きな瞳が、眼鏡越しに私に降り注ぐ。


「頼むぞ」

「――はい」


それも一瞬の出来事だったけど、去っていく常務の後ろ姿を見て、一気に心臓が早鐘を打つ。

触れられた指先が熱を持って熱くなる。


「はぁ~……相変らず素敵~」


隣に立ていた先輩が、くにゃりと溶ける様に体をくねらせている。

その姿を横目に、ただ茫然と去っていく大きな背中を見つめた。

無意識に上がる頬を、必死に押さえながら――。
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