嘘つきな君
◇
「芹沢、終りそう?」
「これだけ済ませたら帰ります」
資料の束に埋もれた私に、先輩が話しかけてくる。
そして、そっか。と大きく背伸びをした後、重たい腰を上げた。
「じゃぁ、先帰ろうかな」
「はい。早く帰って旦那さんに美味しいご飯作ってあげてください」
「はぁ~。独身に戻りたい」
「この前結婚したばかりじゃないですか」
「付き合って10年だよ? 新婚なんて気分にならないでしょ」
そう言って、めんどくさそうに頭を掻いた先輩を見て、えぇ~と思う。
確か、私が秘書課に来たばかりの頃、結婚したはず。
それなのに、既に熟年感が漂っているのは何故だろう。
結婚した当初は定時になった瞬間、目を輝かせて帰っていったって聞いていたのに。
時が経つと、いろいろ変わるんだなぁ。
徐々に伸びていった帰宅時間は、何を意味してるんだろう。
「仲良くしなきゃダメですよ。まだ新婚じゃないですか」
「新婚なんて甘い生活は、独身が作りだした浅はかな夢よ」
深い溜息と共に呟かれた言葉は、なんともリアルなもの。
そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、その背を見送る。