嘘つきな君
 



「芹沢、終りそう?」

「これだけ済ませたら帰ります」


資料の束に埋もれた私に、先輩が話しかけてくる。

そして、そっか。と大きく背伸びをした後、重たい腰を上げた。


「じゃぁ、先帰ろうかな」

「はい。早く帰って旦那さんに美味しいご飯作ってあげてください」

「はぁ~。独身に戻りたい」

「この前結婚したばかりじゃないですか」

「付き合って10年だよ? 新婚なんて気分にならないでしょ」


そう言って、めんどくさそうに頭を掻いた先輩を見て、えぇ~と思う。

確か、私が秘書課に来たばかりの頃、結婚したはず。

それなのに、既に熟年感が漂っているのは何故だろう。

結婚した当初は定時になった瞬間、目を輝かせて帰っていったって聞いていたのに。

時が経つと、いろいろ変わるんだなぁ。

徐々に伸びていった帰宅時間は、何を意味してるんだろう。


「仲良くしなきゃダメですよ。まだ新婚じゃないですか」

「新婚なんて甘い生活は、独身が作りだした浅はかな夢よ」


深い溜息と共に呟かれた言葉は、なんともリアルなもの。

そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、その背を見送る。
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