嘘つきな君
「ニコラシカでございます」
そんな中、上品なバーテンダーの男性が小さなグラスを私の前に差し出した。
その声で我に返って、慌てて前を向く。
酔いたい時に、決まって注文するお酒。
小さなグラスの上には、薄く切られたレモンが置いてある。
「へぇ、珍しいもん飲むんだな」
「バカの一つ覚えみたいに、ワインばっかり飲むと思いました?」
薄く切られたレモンの上の砂糖を小指の先に付けてペロリと舐める。
甘い砂糖が口いっぱいに広がって、尖っていた気持ちが少し楽になった。
僅かな沈黙が私達を包む。
そんな中、どこか自嘲気に笑って口を開いた。
「――…笑っていいですよ」
「え?」
「先輩の言っていた通り、朝起きたら職を失ってたんです。今まで我武者羅に働いてきたのに、突然解雇」
「――」
「これからって時に職を失って、ヤケ酒。いい年して転んで、名前しか知らない男の人に喧嘩腰に絡んで……」
砂糖の乗ったレモンを口に放り込んで、一気に酒を飲みこむ。
甘酸っぱさと、喉の奥を流れていく熱い酒に目をしかめた。
ふぅっと一つ溜息を吐いて、垂れてきた髪を耳にかける。
やっぱり今日は酔えないなと思って、もう一杯頼もうとした、その時。
「別に笑わないけど」
真っ直ぐに落ちた、声。
え? と思って隣に視線を向けると、真っ直ぐに前を見据えながら酒を口に運ぶ彼がいた。