嘘つきな君
現れた人を見て、泣き出したくなる。

その胸に飛び込みたくなる。

泣き笑いみたいな顔になった私を見て、その人は驚いたように目を見開いた。

そんな姿すら愛おしくて、堪らない。


現れたのは、愛おしい人。

会いたくて会いたくて、堪らなかった人。


「常務」


その姿を瞳に映して、涙を押し込めてニッコリと笑う。

そんな私を見て、彼は不思議そうな顔をして駆け寄ってきた。


「どうしたんだ、こんな所で」

「――…来ちゃった」

「え?」

「シンガポールからの帰りの飛行機で交わした約束。待ちきれなくて、来ちゃった」


ゆっくりと視線を上に向ければ、てっぺんが見えない程高いマンション。

綺麗に選定された庭が、淡いライトに照らされている。

ずっと、来てみたかった場所。

約束した、場所。


――彼のマンション。


そう言った私を見て、目を瞬いた常務。

その瞬間、風に乗って香る、ジャスミンの香り。

その匂いを嗅いで、今すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えた。


「こういうの、職権乱用っていうのかな」


秘書だけが知る、彼のマンションの住所。

何かあった時の為に、知らされているんだ。


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