嘘つきな君
苦笑いを受けべた私に、ゆっくりと近づいてくる常務。
その姿を見て、突然押しかけて迷惑だったかな、と今更ながら思う。
ここに来るまでは彼に会いたい一心だったけど、いざ彼を目の前にしたら、そんな事を思う。
どうしよう、と内心思いながら視線を泳がせる。
すると、私の前まで来た彼が、そっと私の手を握った。
「手」
「え?」
「冷たい」
彼の声に反応して顔を上げると、黒目がちな瞳を細めて私を見つめる彼がいた。
そして、ゆっくりと掴んだ私の手を持ち上げて自分の頬につけた。
そこから、じんわりと熱を感じて、手よりも胸が温かくなる。
「ロビーで待ってればよかったのに」
「ふふっ。外の方が帰ってきてもすぐ分かるでしょ?」
ホッとして、クスクスと笑う私の手の平に、ちゅっと小さくキスを落とした彼。
その姿を見て、迷惑じゃなかったんだと安心する。
微かな沈黙が2人の間に流れる。
そんな黙りこくった私をじっと見つめて、彼は口を開いた。
「何かあった?」
「――なんにもないよ」
「嘘」
「本当だって。ね、それより――」
「菜緒」
真剣な眼差しで、私の言葉を遮る彼。
私の事なんて、全部彼はお見通しだ。
私の嘘の笑顔も。
らしくもなく、こんな所で待っている事も。
それでも、知られたくない。
なんて言っていいか分からないから。
だって、こうなる事は初めから分かっていた事なのに。
「――…早く、2人っきりになりたい」
だから、甘い言葉で誤魔化す。
見たくないものは見ない。
考えたくない事は考えない。
だって、私達には時間がない。
こうやって手を繋ぐ事も、見つめ合うことも、もう刹那の時間しか残っていない。
だったら、泣き顔よりも、困った顔よりも、悲しそうな顔よりも、笑顔を見ていたい。
抱き合って、いたい――。