嘘つきな君
零れそうな涙を押し込めて、唇を噛み締める。

それでも、ポロリと落ちた一粒の涙。

クリアになった世界の向こうにいたのは、瞳を揺らす常務だった。


「知ってるの、私。園部グループの令嬢である桃香さんと常務が結婚する事も。もう、時間がない事も」

「――」

「年が明けたら、正式に婚約するんでしょう?」


帰り際に、柳瀬さんが教えてくれた。

まだ水面下でしか動いていないけど、きっとそうなるだろうって。


これから訪れる寒い冬が、私とあなたの最後の季節。

春を迎える事なく、私達は別れなければいけない。


分かっていた。

覚悟していた。

――…つもりだった。


だけど、実際は何の覚悟もできていなくって。

あなたと一緒の日々を過ごすごとに、想いは強くなって。

思い出が増える度に、未来が怖くなって。

繋がれた手を必死に離れない様に握っていた。

置いて行かれない様に、強く。

心のどこかで、彼が会社よりも私を選んではくれないだろうかって、そんな浅はかな思いを胸に抱いて。


だけど、未来は変わらなかった。

そんな優しい未来は来なかった。


「好きよ。あなたが大好き」

「――」

「でも分かっている。あなたの強い意志も、揺るがない信念も、全部分かっている」


彼はこの運命から逃げる事はしない。

途中で何かを投げ出すなんて、絶対にしない人だから。


それに、私は分かっている。

誰よりも、あなたがあの会社を大切に思っている事を。


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