嘘つきな君
「ロマンチックよりも、過ごしやすさを取るね、俺は」

「ふふっ、でしょうね」

「第一なんだ、さっきの会議室。手がかじかんだぞ」

「確かに寒かったですね」


愚痴を溢しながら私の淹れたコーヒーを飲んで、深く息を吐いた彼。

その姿に、笑みが零れる。


会社の中で、唯一2人きりになれる場所。

私達が、自分らしくいられる場所。

誰にも見せれない、素の自分達を見せれる場所。

それがここ、常務室。


「それ飲んだら、目を通してほしい書類があります」

「ん~」


小さな小さな箱の中。

それが私達の居場所。


婚約の話を知ってから何週間か経った。

今の所、何も変わった事はない。

同じように、一日一日を大切にしている。


だけど、いつ訪れるか分からない変化に少なからず怯えているのは事実。

いつ、何が動き出すか分からないから。

だから、こういった穏やかな日々が尚更輝いて見える。

側にいれる事が、尊く感じる。


「今日の会議は早く終わりそうだ」

「本当ですか? じゃぁ、美味しいものでも食べに行きます?」

「寒いから鍋でもいいな」

「常務、鍋とか食べるんですね」

「どーゆー意味だ」


クスクス笑いながら、他愛もない話をする。

そんな中、彼が私を呼ぶように手を伸ばしたから、その手をそっと取る。

すると、優しく引き寄せられて、その胸に沈んだ。


「ふふ、また充電ですか?」

「いや。今は暖を取ってる」

「私は湯たんぽですか」


冬は好き。

こうやって、体を寄せ合えるから。

一緒に熱を分け合えるから。


2人抱き合いながら、今日の夜ごはんの話をする。

何鍋がいいね、とかそんな事。


だけど、そんな暖かな世界を崩すのは、いつも突然。

いつも――。


コンコン。


突然部屋に響く、ノック音。

その音に飛び跳ねるように彼から離れて距離を取る。


「どうぞ」


一気に仕事用の顔になった彼が、声のトーンを落として、そう言う。

私も同じように一気に仕事用の顔になって、資料を慌てて整理する。

すると。


「失礼します」


丁寧にドアを開けて現れたのは、一人の女性。

秘書室の上司だ。
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