嘘つきな君
「なんだ」
仕事用の、落ち着いた声。
先程までの甘い声や表情は、どこにもない。
私も資料を整理するフリをして、冷静を装う。
そんな『いつも通り』な私達を見て、少しも怪しむ様子もなく上司は上品に微笑んで会釈した。
そして。
「社長がお呼びです」
だた業務的に、そう言った。
その言葉を聞いて、スッと音も無く立ち上がった常務。
そして、何も言わずに資料を整理する私を一瞥した後、かけてあったスーツの上着を羽織った。
「すぐに向かう」
「社長室でお待ちです」
「分かった」
用件を伝え終えた上司が、再び一度会釈して部屋を出ていった。
パタンと扉が閉まった瞬間、どこか張り詰めていた空気が無くなる。
私も小さく息を吐いて、常務に向き直った。
「あ、危なかったですね……」
「なかなかスリリングだったな」
「それにしても、社長から呼び出しなんて珍しいですね」
「どうせ、何かの小言だろ」
「お疲れ様です」
「とりあえず、行ってくる」
小さく溜息を吐きながら、どこか面倒臭そうに息を吐いた彼を見て笑う。
さっきまでは完璧な『神谷常務』だったのに、今では大きな子供みたいだ。
「次の会議資料、準備しておけ。戻ったら、見る」
「分かりました」
それでも、再び常務の顔に戻った彼が、私の横を颯爽と歩いて出口へ向かう。
そして、パタンと無機質な音だけ残して部屋を出て行った。